今回はニーチェの本を紹介しようと思います。

 

以前も飲茶氏の著書「飲茶の最強!のニーチェ」を取り上げたのですが、今回の本もなかなか読みやすくて面白かったので紹介させていただきます。

 

ニーチェといえば、「ルサンチマン(恨み・妬み)」「永遠回帰」などが有名ですが、この本も主にこの2つのテーマに沿って書かれています。

 

ルサンチマン

 

「ルサンチマン」の根っこにあるのは、自分の苦しみをどうすることもできない無力感です。

そして絶対認めたくないけれども、どうすることもできないという怒りの歯ぎしりだと。

そこで、この無力からする怒りを何かにぶつけることで紛らわそうとする心の動きが起こります。

 

このルサンチマンのどこが問題なのかというと、この感情を持ち続けると自分として主体的に生きる力を失わせてしまう、

自分を人生の主役だと感じられなくなってしまう、つまり「自分で自分を腐らせてしまう」ことになるのです。

 

強い他者を否定することで自己肯定する。

 

そこでニーチェは「超人」という思想を持ち出しました。

 

神は死んだ」という言葉は有名で聞いたことがある人も多いと思います。

これまで人々を抑制してきた(思考停止にしてきた)神を否定したのです。

 

そして「まさに今こそ価値は転換されねばならない」「新たな人類の価値と方向を示そう」

神に代わる新たな人類の目標というものを主張したのです。

 

現代に生きる私達は、まさに目標が欠けている。「何のために」の答えがかけているのではないでしょうか。

全ての人がそうだとはいいませんが。

 

この何を目指せばいいのか、何のためにいきているかわからない状態のことをニヒリズムといいます。

 

そして末人という概念も出てきます。

末人とは、「憧れを持たず、安楽を第一とする人」「安全で無難に生きることだけを求める人間」

「何やったって結局は無駄なんじゃないの?」といった状態をいいます。

 

そこで出てきたのがさっきも述べた「超人思想」なのです。

 

受動的に流されるのをやめて「私はこうする!」と意欲すること。

それではじめて人は人生の主役となり、自由な存在となるというのです。

 

永遠回帰

 

永遠回帰とは一言でいうと、「これまで生きてきたこの人生を、さらに無限に生きねばならない。」という考え方です。

人生のあらゆるものが永遠にそっくりそのまま戻ってくるのです。

 

これまでの人生の中で耐えがたい苦難もあったことでしょう。

それがまた繰り返されるというのですから、「そんなの耐えられるか!」と思うかもしれません。

 

現実に人生が永遠に繰り返されるというのが本当かどうかは重要ではなくて、

「マイナスな生の条件に対しても『われ欲す』ということができれば?人生の苦しい物事を有益と認め、愛そうとすることができれば?」

ということをニーチェは言いたいのです。

 

自分の条件を呪っても仕方がありません。

この条件(病気、失恋等)のもとで、自分はどうやって悦びを汲み取っていく道があるか、と自分で考えるしかない。

なぜならそれ以外に自分が能動的に生きていく方法はないのですから。

 

なんかこの考え方ってアドラーの「嫌われる勇気」にも似ていますね。

 

現代に「超人」は可能か?

 

どうあがいても自分から逃げることはできません。

今の自分から出発するしかないのです。

 

ニーチェの思想は、まさに「いま」という時代を生きるための「柱」となるものです。

 

「絶望することはない。なぜなら、この状況でどのような絵を描くかは自分自身が決めればいいことなのだから」

 

私はこの本を読んで、自分の内側から生きよう生きようという幸福を求める前向きな力が湧いてきた感じがしました。