コミュ力を上げることにこだわるワケ

こんにちは。おしんです。

今回は、なぜ私おしんがここまでコミュ力向上にこだわっているかを私のこれまでの過去を振り返りながらお話していきたいと思います。

まずは私の学生時代のお話。

中学生の頃、私はすごく好きな子がいました。

好意を抱いている相手には自分からどんどん話しかけるのが普通なんでしょうが、私にはそれができませんでした。

他の記事でも述べているとおり、私はすごくコミュ力が欠落していて、好きな子になにをどんなふうに話しかけていいか全くわからなかったのです。

ただただ遠くからその子の姿を見ているばかり……。

そんな私が好きな想いを抑えることができずにその子に告白しようと思いました。

友達に頼んで、その好きな子を校舎のある場所まで来てくれるようにセッティングしてもらいました。

その好きな子がきたとたん、私はいきなり「前から好きだったのでよかったら付き合ってくれませんか。」とこわばった表情で想いを伝えました。

「ごめんなさい。」と頭を下げる相手。瞬殺でした。

そうですよね。一度も話したことがないのに、というか、初めて交わす言葉が「付き合ってください」って……。

次は大学時代。私はコミュ障・極度の引っ込み思案で、大学での就活はしませんでした。いや、できませんでした。

そんな私は卒業後、公務員を目指し、アルバイトをしながら勉強することに決めました。民間企業への就活・面接もムリなのに公務員を目指すって……。

このころの私はそんな矛盾にも気づいていないのでした。公務員を目指すっていうのも完全なる「逃げ」でしたね。頑張ってるふりをして自分を安心させるみたいな感じですかね。もう二十歳をこえた私は時間の大切さに気づかずにその「頑張ってるふり」を何年も続けるのでした。

「俺は公務員になれる!」そう信じてやまない私は、試験を受けました。

一次の筆記試験は受かったのですが、問題はその後。二次の集団討論でした。

地獄でした……。

他の人は自分が一生懸命仕入れてきた時事ネタを討論のテーマに沿って論じ立てていく中で、私はというと一人目線を下の方に向けて話の速さについて行けず黙ったままでした。

周囲から冷たい視線が注がれているのがよくわかりました。

「あ、こいつはダメな奴だ。」

誰もがそう思ったことでしょう。当然です。今でもあの時を思い出すと、自分のさむさに身が凍り付きます。

試験の結果はいうまでもありません。

そして、交友関係。

こんな私ですから友達が一人しかいません。一人いてくれるだけで感謝なのですが。

ルフレッド・アドラーのいう人生の三つの課題。

交友・仕事・愛のタスク。

私はこの三つのミッションを遂行できずに今に至るのでした。

ものの見事に失敗に終わったのでした。

これらの社会の洗礼を浴びながら努力らしい努力をしてこなかった自分を心底恨みます。自業自得というやつです。

しかし、だからといってそう簡単に人生をやめることなんてできません。

今更ながらこれらの失敗から学び、日々人生を良いものにしていこうと精進し続けることを誓う私おしんの話でした。

というわけで、これからも私が学んできて「これはいいな。」と思ったものをこのブログで発信していくので、読んでいただけたらこの上なくありがたく存じます。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください