飲茶の「最強!」ニーチェ 生きる意味とは!?

こんにちは!おしんです。

今回もとてもわかりやすい哲学入門書で有名な飲茶氏の本を紹介したいと思います。

ニーチェはとても有名な哲学者で、知っている方も多いと思います。

そのニーチェの本なんですが、はっきりいってこれから哲学を学ぼうとする人はいきなりこの本から読んでもいいくらいわかりやすい内容になっております!

飲茶氏の他の著書もすごくわかりやすくて有名ですが。

そして、「常識にとらわれず、自分の頭で考えて積極的に前向きに生きていこう!」

そう思えるようになると思います。

そもそも哲学とは、「モノを超えた存在について考える学問」です。

例えば、正義・意味・価値・善といった形のない概念の世界について本質を追求するということですね。


実存哲学

実存とは、現実存在の略です。

実存は「世界に放り込まれた人間の主体的な在り方」をいいます。

ニーチェはこの実存哲学というスタイルをとっていました。

そして、ニーチェは、「人生に意味はない」と言っています。

一般にいう人生の意味とは、仕事・恋愛・結婚といった周囲(社会)からいつのまにか押し付けられたものではないでしょうか?

こういった既成の価値観に縛られて生きていると、よけいな「不幸」をしょいこむハメになるかもしれません。

ニーチェは、外から与えられた価値観で自分を評価し、ありもしない意味を求めて失望する人間の構図を「背後世界」と表現しています。

背後世界」=「社会的価値観」です。

外部から押し付けられた価値観、つまり本来存在しないものなのです。

この考えは今の私自身にしっくりきます。

世間の同調圧力に屈してしまって、「こうでなければならない」「ああでなければならない」といった他人の「べき論」に翻弄されて苦しんでいた過去の自分に言い聞かせたいです。

さて、「社会から押し付けられた意味付けなんか無視してしまえ!」という考え方自体はいいのですが、しかし、それだけだと人間はニヒリズム(虚無主義)に陥って、生の高揚を失ってしまう、とニーチェは言っています。

ニヒリズムとは、「そんなことしたってむなしいだけだろ!」といったようなことです。

そして、「じゃあ、何の為に生きているの?」と考え虚しくなった結果、人間は「末人」になるのです。

「末人」とは、「なんの目標もなく、ひたすら時間を潰すだけの人生を送る人間」のことをいいます。

ニーチェの有名な言葉に「神は死んだ」というのがあります。

「神は死んだ」➡「神様を信じられなくした(人間の仕業で)」➡「人間に意味を与えるような絶対的な価値観はいつかこわれる」➡「末人になる」という構図ができあがります。

ニーチェは100年以上前から、人間がこうなることを予言していました。


ルサンチマン 道徳

ニーチェは、「道徳なんて、実際はそんなに上等なものじゃない。むしろルサンチマンから生じた歪んだものだ」といいました。

ルサンチマンとは「弱者が、強者に対してもつ嫉妬心・恨み」のことをいいます。ニーチェはこれを道徳の起源だといいます。

そして、嫌なことに文句を言わず受け入れる人が善い、という不自然な価値観をニーチェは「奴隷道徳」と呼びました。

私たちは架空の価値観に縛られすぎているのです。

続けてニーチェはこういいます。

「惨めな現実の結果を受け止められないから、無理矢理非現実的な架空の価値観を作り出し、自分を満足させようとしている」

つまり、優れた能力に恵まれている人を妬んで、自分を慰めようといったことです。

するとその人間は、自分の気持ちにうそをつき、「前向きな努力」を諦め、末人に至るというわけです。

私は、「これはつい最近までの私のことじゃないか」と思い、胸にグサリと突き刺さりました。

不可能だとわかりつつも、もっと早くにニーチェの思想に触れていたらと思うと悔しくてしょうがありません。

この最悪のニヒリズムから抜け出すには、「今この瞬間」を強く意識し、今を強く肯定すること。ニーチェは、これができる人間を「超人」と呼んでいます。

結論として、絶対的な価値観というのはいずれ無くなってしまいます。それら非現実なものが「人生の意味」を与えてくれなくなったとき、人は「自分で自分の人生を肯定できる超人になるしかありません。

最後に、この本一冊読むだけでいい!なんてのは言い過ぎかもしれませんが、とにかく強く生きる力を与えてくれる本です。

続・哲学用語図鑑 感想


今回も哲学の本を紹介したいと思います。

その名も「続・哲学用語図鑑」です。

前作の「哲学用語図鑑」は西洋哲学のみだったのですが、今作は、中国・日本・英米分析哲学編という構成になっております。

 

図鑑ということで広く浅くと思いきや、他の入門書には書いてないようなつっこんだところ(用語)まで網羅されています。

 

中国哲学

 

孔子や老子など知っている方も多いと思いますが、中国の思想家を諸子百家といいます。

その諸子百家のなかでも後世まで影響を及ぼしたのが「儒教」と「道教」です。

 

「儒教」では、孔子から始まって、孟子、荀子と続き、朱子の朱子学、王陽明の陽明学への発展と描かれています。

 

「道教」では、老子と荘子の「老荘思想」があります。

老荘思想の説明がかなり簡単に書かれていますが、初学者にはわかりやすいのではと思います。

 

日本哲学

 

日本には明治期までは「哲学」や「宗教」という概念がありませんでした。

西洋の「Philosophy」を「哲学」と訳した西周から始まり、西田幾多郎、九鬼周造等が登場します。

 

日本哲学もなかなか難しいのですが、西田幾多郎の「絶対無」は老子の「道」に近いのかなとも思ったりします。

 

大陸哲学

 

ここでは前作では登場しなかった西洋の哲学者たちがでてきます。

後半は、初学者にとって「誰だ、これ?」とあまり聞いたことがないような哲学者もいるかもしれません。

 

ガダマーの「地平融合」、アルチュセールの「国家のイデオロギー装置」など。

 

英米分析哲学

 

この分野では、デューイの「道具主義」などは現代人にもしっくりくるのではと思いました。

 

ウィトゲンシュタインなどの(言語)分析哲学は私にとってはかなり難しく、ラッセルなども正直この本を一回読むだけでわかるかな?という感じでした。

しかし、前作の哲学者たちの世界観を今作の哲学者たちが、さらに発展させたような感じを受けました。

 

心の哲学

 

主に分析哲学の分野で論じられます。

デカルトの「実体二元論」、スピノザの「性質二元論」など。

 

心を科学する時代が到来しています。非常に興味深い分野であります。

「同一説」「機能主義」「ブラックボックス主義」「マリーの部屋」「哲学ゾンビ」「コウモリの主観」など。

 

倫理学

 

現代の倫理学は大きく3つに分けることができます。

メタ倫理・規範倫理・応用倫理です。

 

ムーア、エイヤー、ヘア、ロールズ、シンガーなど。

 

形而上学

 

形而上学とは、実際に見たり聞いたりすることができない物事を考察する学問です。

20世紀以降の分析的な形而上学は、「分析的形而上学」とよばれています。

 

パトナム、ノージック、マクタガート、クリプキ、ルイス、デイヴィッドソン、デネット、インワーゲンなど。

 

ここまで読んでくると、いろんな哲学者の共通点・相違点がわかってきてとても面白いです。

図鑑というだけあって、それぞれが簡略化されているので、この本を足掛かりに好きな人物・分野の専門の本にステップアップしていくのもいいかもしれませんね!

 

哲学用語図鑑 哲学を体系的に学べる入門書

 

こんにちは!おしんです。

今回もわかりやすい哲学の本を紹介したいと思います。

 

その名も哲学用語図鑑です。

 

哲学を体系的に学べてかつ辞書のような使い方もできる哲学の入門書です。

 

続編も出ておりますので、より哲学の世界観を広げたい方はこちら

 

古代からはじまり、中世・近世・近代、そして現代まで幅広く網羅されています。

 

古代では、タレスなどの自然哲学、ソクラテスの「無知の知」、プラトンの「イデア」、アリストテレスの「形而上学」など。

 

中世では、イエス・キリストの「アガペー(無償の愛)」、トマス・アクィナスの「スコラ哲学」、オッカムの剃刀など。

 

近世では、「イギリス経験論」のベーコン、ロック、バークリ、ヒューム。「大陸合理論」のデカルト、スピノザ、ライプニッツなど。

なかでもデカルトの「我思う、ゆえに我あり」はあまりにも有名です。

 

近代では、「定言命法」のカント、「弁証法」のヘーゲル、「実存主義」のキルケゴール、「(神の)見えざる手」のアダム・スミス、「唯物史観」のマルクス、「永劫回帰」「超人」のニーチェなど。

 

現代では、「シニフィアン、シニフィエ」のソシュール、「現象学」のフッサール、「存在論」のハイデガー、「限界状況」のヤスパース、「イリヤ」のレヴィナス、「写像理論」のウィトゲンシュタイン、「全体主義」のアーレント、「実存は本質に先立つ」のサルトル、「身体図式」「肉」のメルロ・ポンティ、「構造主義」のレヴィ・ストロース、「脱構築」のデリダ、「パノプティコン」のフーコー、「トゥリー、リゾーム」のドゥルーズ、「フェミニズム」のボーボォワール、「ジェンダー」のバトラー、「オリエンタリズム」のサイード、「帝国」「マルチチュード」のネグリなど。

中でも私が特に印象に残ったのが、ネグリの「帝国」「マルチチュード」でしょうか。

かつての帝国(ローマ帝国、大英帝国等)にたいして、通信技術・輸送技術の進歩とともに現れた新たな帝国。この新たな帝国は、資本主義のもと、アメリカ政府や多国籍企業、G20、WEF(世界経済フォーラム)などが国境を超えてネットワーク状に結び付いた権力システムのことをいいます。

帝国は私たちの日常生活の隅々まで浸透し、私たちを資本主義に順応させるために、いたるところから管理・育成しています。これに対抗するのがマルチチュードです。

マルチチュードは、国家や資本主義の支配下にいるすべての人たちをいいます。帝国がネットワーク状になっているのであれば、そのシステムを逆利用して民衆もネットワーク状につながれば、帝国に対抗できるとネグリとハートは考えました。

主婦、学生、移民、老人、セクシャルマイノリティ、資本家、会社員、専門家、ジャーナリストなどの人々が、自分の得意分野を通じてつながり、話し合い、集まって、資本主義の矛盾を一つ一つ解決しようとする力がマルチチュードなのです。

 

古代から現代までの哲学の進化がはっきりと読み取れるのではないかなと思います。

初めて哲学を学びたい方、哲学を体系的に捉えたい方などにおすすめです。

 

飲茶氏の「史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち」 感想

こんにちは!おしんです。

今日も私にとっての超絶バキな本を紹介したいと思います。

 

前作に引き続き飲茶氏の著書でその名も

「史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち」です。

 

この本の概要というか結論を一言でいうと最強になれる(?)哲学の入門書です。

どういう風に最強になれるんだ?と思われるでしょうが、本を読み進めていくとだんだんわかってきます。

 

前回の西洋哲学の「史上最強の哲学入門」の記事でもお伝えしましたが、とてもわかりやすく書かれているので、なかなか分厚いですがサクサク読めます。

ではまず西洋哲学と東洋哲学はどう違うのかということからふれていきたいと思います。

 

西洋哲学の真理追究のスタイルは「階段」です。

どういうことかというと、西洋哲学は「無知」から出発します。

 

「絶対に真理に到達してみせる!」

真理到達を目標にいろんな哲学者たちがそれぞれの意見・考えを表現し戦わせ、「より強い哲学」へと切磋琢磨させていくわけです。

 

これに対して東洋哲学のスタイルは「ピラミッド」です。

西洋哲学とは正反対で、「我は真理に到達した」と臆面もなくいってのけるのです。

はじめからピラミッドのてっぺんにいるのです。

つまり西洋哲学は「無知」からスタートしたのに対し、東洋哲学は「真理到達」からスタートするわけです。

 

この本の構成

  1. インド哲学 悟りの真理 ヤージュニャヴァルキヤ・釈迦・龍樹
  2. 中国哲学  タオの真理 孔子墨子孟子荀子韓非子老子荘子
  3. 日本哲学  禅の真理  親鸞栄西道元

ざっくりいうとこのように構成されています。

この記事ではインド哲学のヤージュニャヴァルキヤについて話していきたいと思います。

 

ヤージュニャヴァルキヤ 梵我一如

それではまず、東洋哲学の始まりであるインド哲学から見ていきましょう。

ウパニシャッドインド哲学の奥義)最大の哲学者、

ヤージュニャヴァルキヤ(紀元前650年頃~550年頃)。

彼の哲学は梵我一如(ぼんがいちにょ)という言葉で知られています。

「世界を成り立たせている原理(梵=ブラフマン)」と

「個人を成り立たせている原理(我=アートマン)」が、

実は「同一のもの(一如)」だという理論です。

 

それは、アートマン(我、自己、私)の正体がブラフマン(梵、世界の根本原理)と同一であることを知った人間は、すべての苦悩から解放され「究極の真理」に到達するということ。

そもそもアートマン、つまり「私」とはなんなのか?

「私が存在する」ために絶対必要な条件とはなんだろう?

少なくとも、職業・肩書・個性・性質といったものではないのです。

では肉体はというと、腕や足などを切り離しても「私」という存在は消滅しません。

よってそれらも必要な条件とは言えません。

 

では「脳」は?

そもそも脳とは、簡単にいえば、脳細胞(ニューロン)の集まりであり、その脳細胞が電気信号を送りあって情報を処理する機械のことです。

この情報処理の機械が「私」の正体なのでしょうか?

そういいたいところですが、「そうだ」と断言することはできません。

その理由は、「脳」がどうやって「意識現象」を生み出しているのかはわかってないからです。

「脳」がやっていることはどこまで突き詰めても、情報を処理するだけなのです。

「脳」=「意識現象」は成立しません。

この問題は現代でも解明されていません。

よって、「脳」=「私」というのは成立しません。

なのでだいぶ説明を省きますが、「意識現象」=「私」ということになります。

(飲茶氏の説明には遠く及びませんが……)

ヤージュニャヴァルキヤは、「私(アートマン)とは認識するもの」といっています。

「認識するもの」=「意識現象」=「私」

ですので、「思考」などの精神活動も「私」とは言えません。

「思考」とは「脳」の情報処理に過ぎませんから。

そして彼は、「認識するものは認識できない」といってます。

「認識するもの」を「認識した」と仮定します。

だったら「認識したもの」を「認識するもの」が存在しなくてはなりません。

このような無限ループにおちいってしまうので

「認識するものは認識できない」となります。

つまり「私は私自身を認識対象にできない」のです。

それと、ヤージュニャヴァルキヤはこうも言っています。

アートマンとは「~に非ず、~に非ず」としか言えない、と。

アートマン(私)は、決して認識対象にはならないのだから、

「私はAです」「私はBです」ということはできません。

なぜなら、「私は〇〇です」というときの「〇〇」とはすべて「認識対象となったもの」だからです。

「『(絶対に認識対象にならない)私』は『(認識対象となった)〇〇』である」という文章は実は全然成り立たないのです。

ですから、もし、どうしても「私」という存在を言語で表現したいとすれば、

「私はAではありません。私はBではありません。(私はAに非ず、Bに非ず)」

という否定的な言葉でしか言うことができません。

なので、彼に言わせれば、全ての「不幸」は「私(アートマン)」への無知から生じる、ただの勘違いにすぎないのです。

目の前で、どれほど悲惨で破壊的な現象が起きても、「認識するもの=私」を傷つけることはできないのです。

「痛い、悲しい、苦しい」と言ったものは、「脳」による情報処理にしかすぎないからです。

ヤージュニャヴァルキヤは、「私」という存在の本質をこう述べています。

「それは束縛されることもなく、動揺することもなく、害されることもない」と。

この境地に達した時、この世のあらゆる「不幸」は消え去り、自己は「無敵」になるのです。

以上拙い説明でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。

私自身、この本を全て読んで最強になれた気がします(?)

この記事を読んでくれた方にも是非読んでほしいと思っています。

飲茶氏の「史上最強の哲学入門」 おすすめの哲学入門書

今回は超一級品の哲学入門書を紹介したいと思います。

 

皆さんは哲学書と聞くとどんなイメージを持ちますか?

「なんかすごく理屈っぽくて難しそう…」

「哲学なんてやって意味あるの?」

という感じに思っている人もいるかもしれません。

安心してください。

これまでの哲学に抱いていたマイナスなイメージを払拭させてくれる哲学書があります。

 

タイトルにもありますように、「史上最強の哲学入門」です。

 

結構分厚い本なのですが、それもそのはず。それくらい紙面を使ってとてもわかりやすい文章で構成されています。

そしてユーモアに溢れ、卓越した喩え話。

ただの知識の羅列に終わるのではなく、著者の哲学に対する熱い想いが強く伝わってきます。

あらゆる層の人達にも読みやすい、理解しやすい、内容がス~ッと頭に入ってきます。

読んでいて、「あれ、俺って頭良くなってきているんじゃない?」って思わせてくれて、哲学のみならず、読書そのものの楽しさを教えてくれる本です。

 

この本の構成は4つのテーマ「真理の『真理』」「国家の『真理』」「神様の『真理』」「存在の『真理』」から成っています。

 

「真理の『真理』」

 

このテーマでは、字のごとく「真理」の追究について哲学者たちがバトルを繰り広げています。

プロタゴラス(相対主義)

ソクラテス(無知の知)

デカルト(方法的懐疑)

・ヒューム(懐疑論)

・カント(批判哲学)

ヘーゲル(弁証法)

キルケゴール(実存主義)

サルトル(アンガージュマン)

レヴィ=ストロース(構造主義)

・デューイ(プラグマティズム)

・デリタ(脱構築)

レヴィナス(他者論)

 

「国家の『真理』」

 

国家の正体とはなにか?理想の国家とは?

プラトン(イデア論)

アリストテレス(論理学)

ホッブズ(社会契約説)

・ルソー(人民主権)

アダム・スミス(見えざる手)

マルクス(共産主義)

 

「神様の『真理』」

 

神の正体を見極めようとした哲学者の論戦。

エピクロス(快楽主義)

イエス・キリスト(復活)

アウグスティヌス(懺悔)

トマス・アクィナス(スコラ哲学)

ニーチェ(超人思想)

 

「存在の『真理』」

 

そもそも存在するとはどういことだろう?存在の謎に挑む哲学者たち。

ヘラクレイトス(万物流転説)

パルメニデス(万物不変説)

デモクリトス(原子論)

ニュートン(ニュートン力学)

・バークリー(主観的観念論)

フッサール(現象学的還元)

ハイデガー(存在論)

ソシュール(記号論)

 

以上31人の歴代の哲学者たちの頭脳と頭脳の戦いをわかりやすく解説されています。

 

紹介されたこれらの哲学者たちの主張もとても面白いのですが、著者である飲茶氏の想いや現代に生きる私たちの生き方に対する考えも所々見えて大変勉強になりました。

 

私の感想ですが、特にニーチェの箇所での解説における飲茶氏の見解は、先の見えない、閉塞感漂う私たちの生活・生き方に一石を投じる、というか喝を入れてくれています。

知識や思考というのは絶えず更新されなくてはならない、既存の哲学もいろんな批判を受けて、「それってホントウにそうなの?」「こういう考え方はどうだろう?」

と常に様々な意見と意見をぶつからせてよりよいものにしていく……。

 

「既成概念を打ち砕け!」

そういったツールとしての哲学は私たちの生活や社会の中でも使える、非常に有用なものだと思います。

知識を詰め込むだけでなくそれをいかに自分の生き方に活用していくか。

哲学に終わりはありません。

この本でぜひそういったことを感じていただけたらと思います。

 

なお、この作品には続編もあります。そちらもどうぞ!

史上最強の哲学入門 (河出文庫)

史上最強の哲学入門 (河出文庫)