内向型人間のすごい力 感想

こんにちは!おしんです。

今回は、タイトルにあるように内向型な人にとってけっこうためになる本じゃないかなと思って「内向型人間のすごい力」を紹介したいと思います。

私自身、内向型の人間なのでこの本のタイトルを見たときピンときてすぐ手に取りました。

外向型の人間が理想とされる社会

私達は、一般的にいって、成功するには、幸福になるには外向型でなければならないと幼いころから教えられて育ってきたと思います。

個性を尊重するといいながら、外向型の人間を理想とする価値観の中で暮らしているのです。

そして、内向型は二流の性格特性とみなされ、残念な性格と病的な性格の中間にあると思われています。

会話の多い人は少ない人よりも賢いと判断されているのではないでしょうか。

しかし、アメリカ人の3分の1から2分の1はじつは内向型らしいのです。

1920年代からアメリカの工業化(文化的進化)により、「ビジネスこそがアメリカの道である」というような価値観が生まれました。

それまでのアメリカは、「人格の文化」でした。

人格の文化」では、思慮深く、規律正しく、高潔な人物が理想とされました。

しかし、デール・カーネギーの自己啓発本によって、内なる美徳から外面的な魅力へと焦点は変わっていきました。

つまり、魅力的な性格を持つ映画スターのような、目立つ人や面白い人が人気を得るようになりました。

すべてのアメリカ人が自己を演技しなければならなくなったのです。

人格の文化」から「性格の文化」へとシフトしていったのです。

ファッション・化粧品などの業界の宣伝によって、すばらしい第一印象がすべてであるかのような幻想を抱くようになりました。

それは、あたかも外向的でエネルギッシュで面白くなければ人間でないかのような風潮です。

今の日本でもそういう風潮ではないでしょうか?

少なくとも私はこれまでの人生を経験してきて、まさにそうだなと思います。

アメリカ人のすべての人が生まれつき外向的なんだなと私達はそういう先入観で見てしまいがちですが、もちろんそんなことはないのです。

多くの人が社会でプレッシャーに苦しむようになり、アメリカ人の20人に1人が抗不安薬を試すこととなったのです。


アメリカでは、非常に多くの有名人が自己啓発本を信奉しています。

その産業は年間110億ドルという規模だそうです。

外向的な性格を築くように促されたのです。

私達は、優れた考えをもつ人間と、しゃべるのがうまい人間との違いに気づきにくく、社交性に富んだリーダーが必要だと思い込みすぎているのです。

しかし、長年の研究の成果で、著名人には内向型の人間も多いことがわかってきているのです。

ビル・ゲイツなどの超優良企業のリーダーの性質は、物静か・控え目・無口・内気・寛大・温厚・でしゃばらない・良識的であるといわれています。

ここでいいたいのは、外向型の人間を非難しているわけではないのです。

状況によっては、外向型のリーダーが適切の場合もあるし、内向型のリーダーが求められる場合もあるのです。

内向的なリーダーは、他人の話しに耳を傾け、助言を受け入れやすいので、能動的な人間を導くのが非常に得意です。よって能動性の有効な循環をつくるのです。


気質を超えて  自由意志の役割

はっきり言ってしまえば、私たちの生まれ持った気質は消えません。

しかし、気質性格は違います。

私達には自由意志があり、それを使って性格を形づくれるものなのです。(限度がありますが)

内向型の方が持続力が高い傾向にあるともいわれています。

内向的な人物として有名なアインシュタインはこう言いました。

「私はそんなに頭がいいわけではない。問題により長く取り組むだけだ。」と。


最後に私なりの感想を述べさせてもらうと、確かに内向的な人にとって現代の社交優位の社会は生きづらいです。しかし、これまでの人生における過去(挫折等)にどのような意味づけをするかによってこれから幸福に生きていけるかが決まるとも思ってます。

読書の技法 感想  本当の速読とは


今回は、タイトルにあるように「読書の技法」という本を紹介しようと思います。

私は本を読むのがかなり遅いので、速読を身に付けたいならコレだと勧められたので読んでみました。

本はどう読むか

本書は、物の見方・考え方・表現の仕方・知の技法についての入門書とのことです。

ですから、一般に言われている、単に本を圧倒的に早いスピードで読めるというような内容にはなっていません。

よくありますよね。30倍速で本が読めるようになる、とか。

そいった類の本ではありません。

人生における時間というのは制限がありますので、その限られた時間の中でいかに他人の経験・知的努力を自分のものにするか、という視点で正しい読書法を身に付けようということです。

正しい読書法は、人生を2倍、3倍も豊かにしてくれます。

私はこの本を読んで、今までの自分の読書に対する姿勢や努力がいかに足りなかった、浅いか、そして、世界の「知の巨人」がいかに多く存在するかということも思い知りました。

そして、私は完璧主義的なところがあるので、本を読む時は一字一句丁寧に(馬鹿正直に?)読んでいました。

本書はそう言った本に対する既成概念が変わるものだと思います。

熟読できる本の数は限られている

本には、「簡単に読める本」「そこそこ時間がかかる本」「ものすごく時間がかかる本」の3つに分けられると思います。

速読の目的は、読まなくてもよい本をはじきだすことです。

一生でよめる本は限られているので。

本というのは、読んで知識が脳に定着しなければ意味がありません。

ですので、重要なことが書いてある本は熟読しなくてはなりません。

そうでない本は、「この部分は速読でいいだろう」という感じで、ササっと文章に目を通し、重要な部分はしっかり熟読します。

速読には2つあって、一冊を5分で読む「超速読」と、一冊を30分で読む「普通の速読」です。

超速読の目的は2つ。

本当に読む価値のある本かを仕分け作業と、本全体の中で当たりをつける(この箇所を重点的に読めばいい)ことです。

普通の速読の目的はあくまで熟読する本を精査するための手段です。

速読が熟読よりも効果を挙げることはないので、上記のように、本当に身に付く読書法は「熟読」です。

ではどうすれば速読ができるようになるか?

それは自分の基礎学力の欠損を認め、補うことです。

この基礎学力は高校程度の学力と知識だと筆者は述べています。

これがないといくら本を読んでも能力はあまり向上しないし、速読もできません。

もちろん専門書も読めません。

頭の中に英単語がないと英文が読めないのと同じですね。

ざっくりとですが、本書には上記のような内容となっています。

筆者の教養の部分がかなり色濃くでてきているので、

「なんか難しいな……」と感じるかもしれませんが、そういう部分は筆者が言っているように「速読」したらいいのではないかなとおもいます。

続・哲学用語図鑑 感想


今回も哲学の本を紹介したいと思います。

その名も「続・哲学用語図鑑」です。

前作の「哲学用語図鑑」は西洋哲学のみだったのですが、今作は、中国・日本・英米分析哲学編という構成になっております。

 

図鑑ということで広く浅くと思いきや、他の入門書には書いてないようなつっこんだところ(用語)まで網羅されています。

 

中国哲学

 

孔子や老子など知っている方も多いと思いますが、中国の思想家を諸子百家といいます。

その諸子百家のなかでも後世まで影響を及ぼしたのが「儒教」と「道教」です。

 

「儒教」では、孔子から始まって、孟子、荀子と続き、朱子の朱子学、王陽明の陽明学への発展と描かれています。

 

「道教」では、老子と荘子の「老荘思想」があります。

老荘思想の説明がかなり簡単に書かれていますが、初学者にはわかりやすいのではと思います。

 

日本哲学

 

日本には明治期までは「哲学」や「宗教」という概念がありませんでした。

西洋の「Philosophy」を「哲学」と訳した西周から始まり、西田幾多郎、九鬼周造等が登場します。

 

日本哲学もなかなか難しいのですが、西田幾多郎の「絶対無」は老子の「道」に近いのかなとも思ったりします。

 

大陸哲学

 

ここでは前作では登場しなかった西洋の哲学者たちがでてきます。

後半は、初学者にとって「誰だ、これ?」とあまり聞いたことがないような哲学者もいるかもしれません。

 

ガダマーの「地平融合」、アルチュセールの「国家のイデオロギー装置」など。

 

英米分析哲学

 

この分野では、デューイの「道具主義」などは現代人にもしっくりくるのではと思いました。

 

ウィトゲンシュタインなどの(言語)分析哲学は私にとってはかなり難しく、ラッセルなども正直この本を一回読むだけでわかるかな?という感じでした。

しかし、前作の哲学者たちの世界観を今作の哲学者たちが、さらに発展させたような感じを受けました。

 

心の哲学

 

主に分析哲学の分野で論じられます。

デカルトの「実体二元論」、スピノザの「性質二元論」など。

 

心を科学する時代が到来しています。非常に興味深い分野であります。

「同一説」「機能主義」「ブラックボックス主義」「マリーの部屋」「哲学ゾンビ」「コウモリの主観」など。

 

倫理学

 

現代の倫理学は大きく3つに分けることができます。

メタ倫理・規範倫理・応用倫理です。

 

ムーア、エイヤー、ヘア、ロールズ、シンガーなど。

 

形而上学

 

形而上学とは、実際に見たり聞いたりすることができない物事を考察する学問です。

20世紀以降の分析的な形而上学は、「分析的形而上学」とよばれています。

 

パトナム、ノージック、マクタガート、クリプキ、ルイス、デイヴィッドソン、デネット、インワーゲンなど。

 

ここまで読んでくると、いろんな哲学者の共通点・相違点がわかってきてとても面白いです。

図鑑というだけあって、それぞれが簡略化されているので、この本を足掛かりに好きな人物・分野の専門の本にステップアップしていくのもいいかもしれませんね!

 

哲学用語図鑑 哲学を体系的に学べる入門書

 

こんにちは!おしんです。

今回もわかりやすい哲学の本を紹介したいと思います。

 

その名も哲学用語図鑑です。

 

哲学を体系的に学べてかつ辞書のような使い方もできる哲学の入門書です。

 

続編も出ておりますので、より哲学の世界観を広げたい方はこちら

 

古代からはじまり、中世・近世・近代、そして現代まで幅広く網羅されています。

 

古代では、タレスなどの自然哲学、ソクラテスの「無知の知」、プラトンの「イデア」、アリストテレスの「形而上学」など。

 

中世では、イエス・キリストの「アガペー(無償の愛)」、トマス・アクィナスの「スコラ哲学」、オッカムの剃刀など。

 

近世では、「イギリス経験論」のベーコン、ロック、バークリ、ヒューム。「大陸合理論」のデカルト、スピノザ、ライプニッツなど。

なかでもデカルトの「我思う、ゆえに我あり」はあまりにも有名です。

 

近代では、「定言命法」のカント、「弁証法」のヘーゲル、「実存主義」のキルケゴール、「(神の)見えざる手」のアダム・スミス、「唯物史観」のマルクス、「永劫回帰」「超人」のニーチェなど。

 

現代では、「シニフィアン、シニフィエ」のソシュール、「現象学」のフッサール、「存在論」のハイデガー、「限界状況」のヤスパース、「イリヤ」のレヴィナス、「写像理論」のウィトゲンシュタイン、「全体主義」のアーレント、「実存は本質に先立つ」のサルトル、「身体図式」「肉」のメルロ・ポンティ、「構造主義」のレヴィ・ストロース、「脱構築」のデリダ、「パノプティコン」のフーコー、「トゥリー、リゾーム」のドゥルーズ、「フェミニズム」のボーボォワール、「ジェンダー」のバトラー、「オリエンタリズム」のサイード、「帝国」「マルチチュード」のネグリなど。

中でも私が特に印象に残ったのが、ネグリの「帝国」「マルチチュード」でしょうか。

かつての帝国(ローマ帝国、大英帝国等)にたいして、通信技術・輸送技術の進歩とともに現れた新たな帝国。この新たな帝国は、資本主義のもと、アメリカ政府や多国籍企業、G20、WEF(世界経済フォーラム)などが国境を超えてネットワーク状に結び付いた権力システムのことをいいます。

帝国は私たちの日常生活の隅々まで浸透し、私たちを資本主義に順応させるために、いたるところから管理・育成しています。これに対抗するのがマルチチュードです。

マルチチュードは、国家や資本主義の支配下にいるすべての人たちをいいます。帝国がネットワーク状になっているのであれば、そのシステムを逆利用して民衆もネットワーク状につながれば、帝国に対抗できるとネグリとハートは考えました。

主婦、学生、移民、老人、セクシャルマイノリティ、資本家、会社員、専門家、ジャーナリストなどの人々が、自分の得意分野を通じてつながり、話し合い、集まって、資本主義の矛盾を一つ一つ解決しようとする力がマルチチュードなのです。

 

古代から現代までの哲学の進化がはっきりと読み取れるのではないかなと思います。

初めて哲学を学びたい方、哲学を体系的に捉えたい方などにおすすめです。

 

最強になれる!?飲茶氏の「史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち」

こんにちは!おしんです。

今日も私にとっての超絶バキな本を紹介したいと思います。

 

前作に引き続き飲茶氏の著書でその名も

「史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち」です。

 

この本の概要というか結論を一言でいうと最強になれる(?)哲学の入門書です。

どういう風に最強になれるんだ?と思われるでしょうが、本を読み進めていくとだんだんわかってきます。

 

前回の西洋哲学の「史上最強の哲学入門」の記事でもお伝えしましたが、とてもわかりやすく書かれているので、なかなか分厚いですがサクサク読めます。

ではまず西洋哲学と東洋哲学はどう違うのかということからふれていきたいと思います。

 

西洋哲学の真理追究のスタイルは「階段」です。

どういうことかというと、西洋哲学は「無知」から出発します。

 

「絶対に真理に到達してみせる!」

真理到達を目標にいろんな哲学者たちがそれぞれの意見・考えを表現し戦わせ、「より強い哲学」へと切磋琢磨させていくわけです。

 

これに対して東洋哲学のスタイルは「ピラミッド」です。

西洋哲学とは正反対で、「我は真理に到達した」と臆面もなくいってのけるのです。

はじめからピラミッドのてっぺんにいるのです。

つまり西洋哲学は「無知」からスタートしたのに対し、東洋哲学は「真理到達」からスタートするわけです。

 

この本の構成

  1. インド哲学 悟りの真理 ヤージュニャヴァルキヤ・釈迦・龍樹
  2. 中国哲学  タオの真理 孔子墨子孟子荀子韓非子老子荘子
  3. 日本哲学  禅の真理  親鸞栄西道元

ざっくりいうとこのように構成されています。

この記事ではインド哲学のヤージュニャヴァルキヤについて話していきたいと思います。

 

ヤージュニャヴァルキヤ 梵我一如

それではまず、東洋哲学の始まりであるインド哲学から見ていきましょう。

ウパニシャッドインド哲学の奥義)最大の哲学者、

ヤージュニャヴァルキヤ(紀元前650年頃~550年頃)。

彼の哲学は梵我一如(ぼんがいちにょ)という言葉で知られています。

「世界を成り立たせている原理(梵=ブラフマン)」と

「個人を成り立たせている原理(我=アートマン)」が、

実は「同一のもの(一如)」だという理論です。

 

それは、アートマン(我、自己、私)の正体がブラフマン(梵、世界の根本原理)と同一であることを知った人間は、すべての苦悩から解放され「究極の真理」に到達するということ。

そもそもアートマン、つまり「私」とはなんなのか?

「私が存在する」ために絶対必要な条件とはなんだろう?

少なくとも、職業・肩書・個性・性質といったものではないのです。

では肉体はというと、腕や足などを切り離しても「私」という存在は消滅しません。

よってそれらも必要な条件とは言えません。

 

では「脳」は?

そもそも脳とは、簡単にいえば、脳細胞(ニューロン)の集まりであり、その脳細胞が電気信号を送りあって情報を処理する機械のことです。

この情報処理の機械が「私」の正体なのでしょうか?

そういいたいところですが、「そうだ」と断言することはできません。

その理由は、「脳」がどうやって「意識現象」を生み出しているのかはわかってないからです。

「脳」がやっていることはどこまで突き詰めても、情報を処理するだけなのです。

「脳」=「意識現象」は成立しません。

この問題は現代でも解明されていません。

よって、「脳」=「私」というのは成立しません。

なのでだいぶ説明を省きますが、「意識現象」=「私」ということになります。

(飲茶氏の説明には遠く及びませんが……)

ヤージュニャヴァルキヤは、「私(アートマン)とは認識するもの」といっています。

「認識するもの」=「意識現象」=「私」

ですので、「思考」などの精神活動も「私」とは言えません。

「思考」とは「脳」の情報処理に過ぎませんから。

そして彼は、「認識するものは認識できない」といってます。

「認識するもの」を「認識した」と仮定します。

だったら「認識したもの」を「認識するもの」が存在しなくてはなりません。

このような無限ループにおちいってしまうので

「認識するものは認識できない」となります。

つまり「私は私自身を認識対象にできない」のです。

それと、ヤージュニャヴァルキヤはこうも言っています。

アートマンとは「~に非ず、~に非ず」としか言えない、と。

アートマン(私)は、決して認識対象にはならないのだから、

「私はAです」「私はBです」ということはできません。

なぜなら、「私は〇〇です」というときの「〇〇」とはすべて「認識対象となったもの」だからです。

「『(絶対に認識対象にならない)私』は『(認識対象となった)〇〇』である」という文章は実は全然成り立たないのです。

ですから、もし、どうしても「私」という存在を言語で表現したいとすれば、

「私はAではありません。私はBではありません。(私はAに非ず、Bに非ず)」

という否定的な言葉でしか言うことができません。

なので、彼に言わせれば、全ての「不幸」は「私(アートマン)」への無知から生じる、ただの勘違いにすぎないのです。

目の前で、どれほど悲惨で破壊的な現象が起きても、「認識するもの=私」を傷つけることはできないのです。

「痛い、悲しい、苦しい」と言ったものは、「脳」による情報処理にしかすぎないからです。

ヤージュニャヴァルキヤは、「私」という存在の本質をこう述べています。

「それは束縛されることもなく、動揺することもなく、害されることもない」と。

この境地に達した時、この世のあらゆる「不幸」は消え去り、自己は「無敵」になるのです。

以上拙い説明でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。

私自身、この本を全て読んで最強になれた気がします(?)

この記事を読んでくれた方にも是非読んでほしいと思っています。